2009年05月23日

茶室の障子貼りをしました

 久しぶりに障子貼りをしました。しかも茶室の。茶室の障子貼り、もう一生やることはないかもしれません。

 この茶室、祖母が建てたもので、私が中学生くらいの頃、茶室ができたお披露目のお茶会に出たのは覚えていますが、後は何回使ったものか…。

 祖母は80代になっても皆から感謝される仕事を現役で続けていた職業人でした。若いころから茶道・華道も続けており、仕事が忙しかったので極めることはできなかったようですが、それでも師範の免状くらいは取ったようです。

 この茶室は、祖父母がいつも頼んでいた大工さんが高齢になり、最後の仕事として是非茶室を作らせてほしいと言われて依頼したもので、その大工さんには実際のところ最後の大仕事になりました。

 茶室の中で使う行燈(あんどん)なども、祖母は気に入ったものを見つけるためにかなり苦労して探したらしいです。

 何回使ったかわからぬその茶室ですが、祖父が存命中は障子の貼り替えなどもして手入れしていたようですが、祖父が他界し祖母も施設で暮らす今、放ったらかしになっていました。

 ところが田舎のことですから、家人のいないその茶室を外から見学して感想まで言ってくださった方がおられたものですから、やはりあの破れ障子はまずいだろうと急遽貼り替えることになり、私が出動しました。

 日当たりがよいところですし、滅多に貼り替えできないので丈夫な障子をと、水拭きもできるビニールコーティングしてある障子にしました。

 まず桟(さん)全体に細い両面テープを貼ってその上に障子紙を載せるのですが、両面テープを桟に貼るのが思った以上に神経を使う作業です。それにこの両面テープの粘着力の強いこと強いこと。障子紙を貼り損ねて貼り直すのに剥がそうとすると、テープも一緒にとれてきて全部やり直しになってしまいます。

 ですからコツの一つは、桟に両面テープを貼る前に、最初に障子紙の位置決めをしたら、その位置がずれないように超強力なガムテープでしっかり押さえておくことだとわかりました。やわなテープで押さえていると、いざ張るときにずれてしまって上記のように全部やり直しになります。

 それと障子戸を廊下に寝かせて、床に這いつくばって数時間作業していたら、後で脚の付け根や太ももが相当な筋肉痛になりました。やはり障子戸をどこかに立てかけて作業したほうがよかったようです。

 一枚貼って、二枚貼ってとだんだんコツがわかってきてようやく慣れてきた頃に終わりました。

 ミスをごまかしたところもあったけれど、一応ピンと貼られた障子を見ると気分爽快でした。
ラベル:障子貼り
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2009年05月11日

緩和ケア病棟

 総合病院の緩和ケア病棟に入院した叔父を家族で訪ねました。私自身、終末医療病棟へのお見舞いは初めてかもしれません。

 数年前から肝臓がんを患(わずら)っていたのに親族にも告げず、叔父の奥さんから病気について初めて聞いた時には既に、「桜の頃までもつかどうか」という状態だったそうです。

 もう何年も会っていない叔父ですが、私の父と年が11歳も離れており私が生まれた頃にはまだ実家にいたので、かわいがってもらったようで、その叔父と一緒に写っている私の小さい頃の写真も何枚かあります。

 先に見舞いに行ったことのある母から、痩せて骨と皮になっているとか腹水がたまっているのが傍目にもわかるとか聞いていました。
 
 叔父の入っている緩和ケア病棟は病院の中でも奥の奥の方に位置していました。病院は古いらしく、途中の廊下は気が滅入るように薄暗く。ただ、緩和ケア病棟はこの4月にできたばかりということで真新しく気持のよいスペースでした。

 叔父は個室で食事をとっている最中でしたが、談話スペースで話そうと出てきてくれました。そこまでの歩行も歩行器を使って。

 私が訪ねたことをとても喜んでくれて、ひととき楽しい会話ができました。

 話が途切れたときに、携帯カメラに収めた美しい花園の写真(それは県内の観光名所にもなっているところで先日撮ったものです)を見せると、「きれいに撮れるんだねえ。」と眺めていました。

 叔父によると、病院の向かいに讃岐うどんのおいしいお店がありお薦めで、叔父も6、7回行ったとのこと。でももう今は食欲もなく行きたいとも思わないようです。

 叔父は持病のある奥さんのことを気にしており「何かあったらお宅を頼るだろうから宜しく頼む」とも言っていました。

 きれいな病棟には、大型テレビや豪華なソファのあるリラックスルームもあり、ところどころに観葉植物、彩(いろどり)よく花瓶に挿された薔薇などが趣味よく置かれていて病院側の気遣いが感じられます。

 それにしても、叔父がここまで悪くなっていなければ、一緒においしいものを食べに行ったり、花を見に行ったりできたのに…と、あの状態であの病棟に独りいる叔父を思うと愛おしい思いがします。

 プリンだったらおいしく食べられるんじゃないか今度はプリンを持っていこう、青汁を注文しよう、トランプでも一緒にやろうか、叔父は麻雀が強かったらしいから紙麻雀はどうか、叔父の父母が遺していったたくさんの写真の整理でも頼んでみようか、など、今度の見舞いのことを話し合っています。

 叔父はおそらくもう回復することはないでしょう。残された時間の中で少しでも穏やかで心和む一時(ひととき)が過ごせればと思います。

 叔父の直接の家族でないからこそできることがあるように思います。
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2009年04月01日

ここまで知ればあなたも富山通?

 gooランキング「富山県といえば浮かぶもの」を見てみました。(富山には詳しいので。)1位から20位まで引用してみますと、1位:黒部ダム、2位:立山黒部アルペンルート、3位:越中富山の薬売り、4位:ます寿司、5位:黒部峡谷/トロッコ列車、6位:ホタルイカ、7位:立山連峰、8位:富士薬品(置き薬)、9位:蜃気楼(しんきろう)、10位:富山湾、11位:寒ブリ・ブリ、12位:宇奈月温泉、13位:飛騨山脈、14位:柴田理恵(富山市-旧八尾町-出身)、15位:砺波(となみ)のチューリップ、16位:イタイイタイ病、17位:白エビ、18位:持ち家率が高い、19位:かまぼこ、20位:こきりこ節(民謡)だそうです。  

 立山と黒部関係が四つ、確かにスケールの大きな景色ですものね。富山平野側から見る、雪を頂いて屏風のようにそびえ立つ立山連邦の景色もいいですよ。

 食べ物関係は五つ、どれもお馴染みのものですね。富山の食べ物で他に玄人好みのものは、「いかの黒作り」とか「かぶら寿司」などがありますよ。
 「いかの黒作り」は簡単にいうと、いか墨入りの塩辛です。見た目真っ黒ですし、食べると口の周りも真っ黒になりますが、ごはんに載せるとおいしい。
 「かぶら寿司」は、富山県でも西部つまり能登や加賀よりの食文化だと思うんですが、寒い時期ならではの手の込んだ麹(こうじ)漬けです。かぶらを塩付けし、ブリやサバ、マスといった魚をかぶらの切り込みにはさみこんで麹で漬けます。味つけや使う材料には各家庭のバリエーションがあって味もかなり違ってきますが、かぶらの歯応えと魚の旨み、麹の自然な甘みがハーモニーを奏でて、贅沢な食文化だと思います。
 立山連邦からの「水」も富山の名物でしょうね。その水でできるお米もおいしいですね。

 民謡は「こきりこ節」が入ってますね。確か音楽の教科書に載ってましたものね。ランクに入っていませんが「唄われよォ〜、わしゃァ囃す(はやす)」で始まる「越中おわら節」の哀愁を帯びた旋律も好きですねえ。あと「麦屋節」の切れのいい踊りもいいですよね。

 富山の人といえば、島津製作所勤務の会社員でノーベル賞を受賞した田中耕一氏、落語の立川志の輔師匠(ためしてガッテンの)なども富山県出身ですね。
 18位の「持ち家率が高い」からもわかるように、富山の人って堅実なんですよね。「富山県内にはソープランドが一軒もない」って聞いたことがあります。本当に一軒もないのかは定かではありませんが、開店しても経営が立ち行かないのだそうです。
 それから富山の人は一般的に自己PRは苦手、力を持っていてもそれを吹聴したりはしません。まわりに富山の人がいたら、そんな県民性をちょっと覚えておいてください。

 富山は自然にも恵まれているので「本州の北海道」と表現する人もいるようです。私も今度のゴールデンウィークはまた富山に行こうと思っています。
ラベル:富山県
posted by 夢見桜子 at 00:00| 一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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